しかった。三津の浜へ着いたのは、夜半であったが、私と今一人の客を艀《はしけ》へ乗せて、それが港内へまで廻るのが面倒だからといって、波止の石垣を外から登らせて追い上げられた。少し不平であったけれども、もともと特別の便乗なのだから仕方がない。その夜は三津の浜に一泊して翌日帰宅した。
私の宅は以前の如く堀の内の士族邸だが、召使なども凡て暇をやって、家族で炊事もしている。父は最前もいった如く邸内の畠打をしていたが、その外綿繰りといって、実の交った綿を小さな器械を廻してそれを抜き、木綿糸を績《つむ》ぐ下地をする賃仕事がある、それをセッセとしていた。昨日まで家老に準ずる重職をしていたものが、そんな有様なのには、私も少し驚いた。聞いて見ると今の平均禄では、家内の喰う事がやっとである、そこで、東京から帰っている弟の大之丞にせめては洋学の修業を継続させたいと思って、幸まだ旧藩以来の先生が居るから、そこへ通わせる、月謝が月々旧藩札五十匁(今の二十五銭)要る、それをこの賃仕事でこしらえるのだといった。私もちょっと胸がつぶれたから、自分でも何か稼がねばならぬと決心した。以前にも度々いったが、父は名利に恬淡で
前へ
次へ
全397ページ中280ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
内藤 鳴雪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング