を申し込まれ、彼の藩の知事は大少参事を従えて松山へ来られ、また定昭公も大少参事を従えて今治へ赴かれた事もあった。その他文武その他の藩政も充分にあげらるるつもりでいられたから、廃藩置県の御沙汰にはちょっと出し抜けを喰われたのであるが、時世に着眼の早い公の事であるから、何らの躊躇もなく屑《いさぎよ》く出発せらるる事になったのだ。そこでその当日は、万一の騒動も起ろうかというので、久松家を始め藩庁でも随分心配したが、幸に何の故障もなく、三津浜へ下って乗船せらるる事になったのは少し意外であった。
 前知事の去られてからの藩庁は大少参事で暫く藩政の残務を扱って、新に命ぜられる、県官の赴任を待ち引続きを為すという運びになった。けれどもそれは翌五年にならねば実際の運びは出来そうもない、そこで私はこの上藩庁に居た所で、残務を扱う外何の用もなく、学校の改革は可笑しいながら、してしまった、別に手を着ける事もない。手を着けた所で、やはり人に引継がねばならぬ、頗るつまらんような気になったと共に、往年藩より命ぜられた洋学の修業を祖母達に止められ、また自分も気弱くて止めたのを残念に思っていた際だから、この機会に、先
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