の山中までを廻って示威をした。
 この一揆打払いの少し以前に前知事も自ら家職を率いて一揆に対して説諭をされた。その詞には自分に留任をさせたいという事は辱けないが、それでは朝廷に対して嫌疑を受けて、結局自分の罪となる。この点を考えてどうか鎮静してもらいたいといわれたのだが、騒ぎたった一揆はなかなか静まらない。知事の一行が、進んで行かるればその方は後へ後へと退くが、他の一方の途から一揆の別隊が城下へ向って進む、どうする事もならぬから、前知事も持あぐんで引取られて、終に藩兵の攻撃するに任されたのであった。
 いよいよ一揆が治まった上は、前知事一家は朝廷の御沙汰に従って東京へ移住されねばならぬ。しかるに、その出発に当ってはきっとお止め申すといって再び一揆が起るという噂であったから、そこで藩庁においては各郡の総代たるべき者をよび寄せて大少参事列席の上説諭をした。それには鈴木重遠氏が主としていい聞かされたが、威重あり弁もあったから、意志は充分に徹底した。この頃は最う竹槍蓆旗では抵抗出来ぬと諦めた百姓ばらだから別に抗論もせないが、また承服もせない。一先一般に申し聞せて考えさせようという位な処でいずれ
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