てここへ入ることになった。それは由井弁三郎氏錦織左馬太郎氏杉浦真一郎氏山川八弥氏の四人で、以前の知人の外更にこれらの人を得たので、それからは多くこの同郷人と諸方へ出掛けることになった。が、私は他の人の如く多くの酒も飲まぬから、料理屋へ行くとか登楼するとかいうことは、附合いなら別段、自動的には余りせなかった。それよりも芝居を見るのが何よりも楽みで猿若の三ヶ町即ち中村座、市村屋、守田座の変り目変り目には必ず行った。尤も書生の懐だから奢ったことは出来ないが、それでもその頃は、桟敷は勿論土間でも茶屋にかからねば這入ることが出来ぬのだから、茶屋にも馴染が出来てそこから行った。そうして土間の割座でもカ、ベ、スの三品はその頃でも買わねばならぬのだから、それを買って土間の一人分と合せて、一分二朱位を払った。その頃われわれの藩から貰う給費は金十両であったが、太政官札が低れて[#「低れて」はママ]いたから、この札にすると十二両となるので、まず芝居だけは十分に見物することが出来た。また父からも時々送金してくれるので、私は寮生中でもまず懐の好い方であった。
 芝居では中村座の座頭が以前市村羽左衛門といった尾上
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