実効として軍費金十五万円を献納せよという別の御沙汰もあった。そこで我藩上下一同まず愁眉を開いたことである。
遡っていうが、この以前藩主の奥方と祖母君は江戸の邸にいられたのを、士州総督へ出願の上藩地へ帰らるることになり外国船二隻を借受けて海路より帰着せられて、これは千秋寺という寺に住《すま》わるることになっていた。
いよいよ我藩も元の如くなったので、土州長州の両軍もそれぞれ退去するし、再勤された藩主勝成公は三の丸へ帰任せられた。そうして定昭公は東野の吟松庵というお茶屋へ移られ、ここで謹慎せられることになった。また私の一家も堀の内の宅へ帰住したが、土州の軍隊の号令厳粛であったとはいえ、随分汚なく住み荒して、私どもの残して置いた調度万端は散々に取り扱って、有る物もあったが無いものも多かった。
この六月私は妻を娶った。これは継母の里の春日八郎兵衛の長女で、即ち継母の姪に当るもので、予てより約束が調っていたのだけれども、父の譴責やまた我藩の事変のため延引していたのを、もう憚ることもないから婚儀を挙げたのであった。そうして間もなく私は小姓勤務のまま明教館へ寄宿を命ぜられて、また往年の如く学生
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