ことはよく続くもので、間もなく父も熱病に罹って床に就いた。そして一時は危篤とまでいわれたので、親族一同心配した。この事が藩主にも聞えたので、従来譴責せられている者へは、そんな例は無いのであるが、特に小姓の水野啓助というものを父の従弟であるという関係から、表には本人の見舞だとして、内々藩主から懇切なるお見舞の言を賜った。その時父は、重病の身を床より起して感泣して御挨拶を申上げた。また当時の目付の第一席たる佃高蔵からは、もし父が死去した時は、まず内報せよということであった。これは、目付支配中に病死すれば、一旦家名は断絶して、忰が既に勤仕している時は三年目に僅に十五人扶持を賜って、家の再興が出来る例なのであるから、私の家もかかる運命に遇わねばならぬのだが、父は長年藩政に勤労しているので、特に父が万一のことがあれば、目付支配の譴責を解いて、家名断絶の不幸を免れしめたいという藩庁の内議であったらしい。かつこの内達は、父にも聞かせて安心させよとの申し添えもあった。それらのため家族は心配中にも藩主の思召や、当局者の厚意に意を強うする所もあった。しかるに幸にして父の病は快方に向って、歳末頃は病床にはい
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