くも、お前までがこんなことになるのはあまりにひどい。』といって愚痴をこぼした。しかるに父は常にもあまり感情を人に見せぬ方であったが、この際も自ら信ずる所があったと見えて、全く平気で一言も吐かなかった。時々親しい人が来て、過激派を悪くいう事があっても、父はそれらについては一切沈黙していた。尤も或る日のこと知人が来て、今度要路者の失敗はまた松尾屋の失敗だと世間でいっているといった。すると父が、憤然として『あの松尾屋と禍福を倶《とも》にする』ということは意外であるといって、この時ばかりは十分不平の色を見せた。この松尾屋は今でいう御用商人で、奉行辺の権門にはよく出入して利を得ていた者である。で父の如きは彼をいつも憎んでいたのであるから、それと同じ運命になったということは頗る穢わしく思ったのであったらしい。この年の八月、祖母は熱病に罹って死去した。私は三歳で実母に逝かれた以来、厚く深く、保育の恩を蒙ったのであるが、かかる一家の逆境に立っている際、それを悲しみつつ他界せられたのは、一入《ひとしお》哀悼に堪えないのである。この病中にも、父は大小便まで自ら取扱って、他人に手伝わせず最よく看護した。悪い
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