せ、まだ余った兵は藩の和船に乗込ませて、防州大島郡というへ向わせた。この島は敵も少し油断していて守りの兵もさほど置《おい》ていなかったので、我藩の兵はその島の上の庄というへ討ちかかって、敵が散乱したに乗じてそこを占領した。同時に幕布の[#「幕布の」はママ]方でも洋式で訓練した歩兵隊というを別の軍艦に乗せて大島郡へ向わせたのが、我藩と諜じ合せ他の港へ討ち込んだ。この大島郡は一時敵対する者がなくなったので、この捷報が聞こえると、世子は気早で多少勇気のあった人だからモウ三津浜には居たたまれず、自分も大島郡へ向おうといい出された。けれど別に適当な軍艦もないし、和船では危険だし、かつその後の様子も判らないのだから、側用達でいる父などは、今少し待たれたがよいといって諫めたが、世子はなかなか承知せられぬ。そこで城下にいる藩主からも暫く持重せよという命が下ったので、世子は渋々ながら止まれた[#「止まれた」はママ]。
この時私も生れて始めて戦場に向うのだという決心をした。この慶応二年さえも我藩の軍隊は、源家古法と甲州流を折衷した旧式編制であって、弓隊こそ廃したれ、銃隊の足軽は丸玉の火縄筒である。士分以
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