いって注文される事は出来ない。もしも食べたい物があるなら、それは予《あらかじ》め奥の方へ小姓を以て通じて、そこで調理せしめられるのである。けれどもそれも一品位に止まっていた。膳部が下った時、いかに食べ残しの物が沢山あったといっても、小姓などはそれを頂戴することは出来ないのであるが、この奥から出したものは、御次ぎへ持ち下って、残ったものは食べられる。これはいつも最先輩の一人二人の口に入るばかりであった。
今奥といったが、世子が奥へ行かれるのは一ヶ月六回に限られていた。その他は病気があっても、表の居間で臥されるので、奥へ行く事は出来ない。そうしてこの六回も昼間ではなく、六ツ時後の夜に限られていた。またこの奥といっても世子の奥方は江戸の藩邸に居られるから、御妾のみが居るので、これは世子の東西に往来せられる際、別に奥向きの役人が引連れて他の女中と共に往来したものである。ついでにいうが、大名のお妾という者はなかなか勤めにくかった者で、それは君公に対するよりも朋輩の女中と折合いが悪く、いつも女中から、いじめられた者だ。なるほど大勢の空房を守る女の中に、君公の御恩を蒙る者が一人居るのであるから、女
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