時は殆んど睨み合いの姿である。勿論我々の小姓は袴をはいている。世子は袴を穿かれない。それから庭へでも下りて散歩でもしたいと思われると、居間の小姓二人が必ず附添う。一人は世子の小刀を持つ。どちらへ歩まりょうが、影の形に添う如くこの二人は離れない。悪く言えば監視附きの囚人というさまだ。それから厠へ行かれる時は今もいった宿番の時の通りである。この厠についてもちょっと言うが、世子の大便所は引出しの如きものになっていて、籾殻が底に敷いてある。そうして一回一回大便を捨ててしまうので、御下男といって最下等の卒の掌《つかさど》る所である。これは男子たる方々の厠の式で、婦人方となると私の聞いている所では、大便所は万年壺といって深く掘って、殆んど井戸のような者であるそうだ。これは始終大便を捨てるということはない。勿論貴き人は一人一個の厠を占有せられているから、生れてから死ぬるか、もしくは他へ縁付せられるまでは、この一つの厠へ用達しをして、その人が居なくなると共に、その万年壺を土で埋めてしまうのである。かように数年もしくは数十年間の大便は深い壺に溜っているのだから、傍へ近《ちかづ》いても臭気紛々たるものであ
前へ 次へ
全397ページ中177ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
内藤 鳴雪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング