は、主なる書院が、一の間、二の間、三の間となっていて、襖《ふすま》やその他の張り付けが、金銀の箔を置いて立派な絵が描れていた。定めて蒲生時代の名家の筆であったろうが、無風流な青年の私は、人に聞いても見なかった。ただその廊下から湯殿へ行く処の二枚の襖は、唐木の透かしになって、大きな金の桐の紋が付いていた。これは豊臣太閤の桃山御殿の遺物が蒲生家に伝っていたのを用いたということである。世子の常の居間は最近に造ったもので、こは割合に粗末なものであった。その居間から、右の三ツの書院の縁側を通って、一段下った所が、我々小姓の詰所である。その隣室に側役の詰所がある。この二つの詰所を、御次ぎといった。この外藩政に関係する役人の詰所は、この御次ぎを離れた場所にそれぞれあって、それらの役人はこの御次ぎへは猥《みだ》りに一歩も踏み入ることを許されていない。家老でさえも、世子に拝謁したいと思う時は、それを御次へ申し込んで、世子の御都合を伺って、その上で御次を通りぬけて、それから廊下を経て御居間へ赴くのである。この家老の御次ぎを通りぬける時は、当番の小姓の先輩が、面番と呼ぶ。そうすると、今まで小刀を抜いて側へ置
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