もしていられたが、一方には文武の修業をせられつつあった。そこでお相手として文武の力を持った近習を要するので、そんなことから終に私も小姓に抜擢されるに至った。父もその時は争わなかったと思われる。そこで祖母はじめ一家の喜びはもとより、私も久々で嬉しい思いをした。それと共に吃る癖がさっぱりと癒って、君前へ出ても何ら差支ないことになった。この事だけでも私が既に相当の年になっていながら、内気で稚気が離れなかったことが分かるのである。
 小姓になると共に寄宿舎を退いた。この際初めて六等を得た。これで御雇の資格も出来たのである。しかし小姓は前にいった番入と同じ勤仕の仲間で、年々父の禄の外に三人扶持を賜って銀六枚などよりは遥かに身分もよかったのである。
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   九

 世子は当時、家茂将軍の長洲再征の御供として、京都に一隊の藩兵を率いて滞在して居られたので、私もそこへ行って勤務をすることになった。私と同時に小姓を命ぜられた者は岡部伝八郎、中村勘右衛門、野口勇三郎であったから、この四人が三津浜から大阪行の藩の船に乗り組んだ。この船は何時《いつ》もの荷船ではなくて、関船といって、常には君公
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