ることになり、従来の士分以上では不足を生じた。そこで、特に文武の芸勝れた者は、嫡子|及《および》二男三男等も勤仕を命ぜられることになり、武芸の段式で中段以上、学問で六等以上の者は御雇になるということが始まった。これは給料としては一年銀六枚を下さるのみであるけれども、いずれも名誉として勤めた。
 一体戸主以外に嫡子は番入という事があって、幾年目かに廿五歳に達している者はこの番入を命ぜられた。而して親同様に一人前の士分となって、親が死ぬるか隠居をする――六十歳になると隠居するを許された。――までは、別に三人扶持を支給された。またこの外に不時番入といって、不時に番入を命ぜられたが、これは武芸の中段以上、学問の六等以上を、三つ得ている者に限られ、やはり嫡子のみであった。而して二、三男となれば、かような勤仕をする機会がないのみか、一生妻を娶る事も出来なかった。この事は大名旗本及諸藩士も同様であったから、これらの二、三男を冷めし喰いと呼ばれていた。しかるに今度この冷めし喰いが、妻帯とまでは行かずとも、勤仕を命ぜらるる事が、我藩に始まったので、二、三男の喜びは如何ばかりであったろうか。尤も従来二、三
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