になっていて、常には昼する詩会を夜にして、これを開いた。そこで常の詩文会では出席生徒が順番にその宅から持寄りにする豆煎りを食うのみであるが、忘年会の詩会では、いり豆の外に獣肉の汁をこしらえて飯を食うことになっていた。これらの費用も、生徒が少々ずつ醵出して、幹事が城下の魚の棚の肉店へ買いに行った。尤も猪肉は高いから鹿肉にして、葱《ねぎ》一束位と共に寄宿舎へ持ちかえって、賄方の鍋釜を借りて煮焚きをした、そんなことで詩会席にいるよりも食事の調理に奔走する者が多いから、先生達もこの日に限り早く帰ってしまう。するといよいよ若い者の世界で、一同大元気となり、互に争い合って肉を食い飯を食った。尤も酒は禁ぜられていたけれどなかなか気焔はあがったものである。なお余興として枕探しなどいうものもあった。それは寄宿舎とはよほど隔っている講堂、即ち表講釈も行われて君公も臨席せらるる広い堂であるが、そこへ或る一人が深更廊下を通って、予《か》ねて他の者が隠してある枕を探して持返るのである。これは随分気おくれのするもので、輪講の籤以上中らぬことを希望していた。それに平生憎まれたり軽蔑されたりしている者は、それに乗じて
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