も寄宿生となって以来はいよいよ得意となり、また周囲からも多少は推重せられていたようである。そしてこれまでの独看席は官の書籍を借りて独看するのみであったが、寄宿生となると当然輪講や会読にも列し、朝の素読席では生徒へ素読を授けねばならぬので私もそれらに従事した。輪講や会読席へ出て見ると、やはり読書力のない者が多かった。輪講は或る経書について籤《くじ》を引いて中《あた》った二、三人が順番に講義をし、終ると一同の質問に対し答弁する。その質問や答弁が間違っていると、控えている先生が正してくれる。あるいは叱りつける。会読の方も籤を引いて順番にするが、これは単に本文を一段ずつ読んで行って、そして他の者と共に意義の解釈については討論するばかり、これも先生に最後の教えを受くることは勿論だ。生徒は予め種々な註釈書を見て一通り意義を調べて置いて出席したものである。そして初心者は何々示蒙などいう仮名交りの解釈と首引して調べたものである。が私は既に自宅でも朋友同志で輪講会読もして聊か牛耳を執っていたのであるから、この寄宿舎の方でも最もよくしゃべった、先生も私の説には多く首肯してくれた。だから大抵の者はこの籤の中
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