多く慷慨悲憤の心を述べるために詩を作った。彼の東湖の正気歌とか獄中作なども伝えられていたので、私も徒に花鳥風月を詠ずる時勢に非ずと思い、何か理窟ぽい議論めいた事のみを述べて、いよいよ以て変な詩ばかりを作り、而して朋友の作を軽んじ、議論をすれば食ってかかるから、詩においては殆ど敬遠主義をとられていた位であった。
この年、明教館にお選みを以て寄宿仰付らるという御沙汰の下に寄宿する者が出来た。従来も同館に寄宿生はあったがそれは希望者が先生の許可を受けて寄宿したものである。しかるに今回のは全く藩命に依って寄宿するので、それだけ名誉でもあるから、十分修業せねばならぬことになるのである。かような事の起った理由は、この頃はもう日本国中が大分騒がしくなって、朝廷幕府各藩の間に互に意見を立て議論を闘わすようなことになったので、自然学問ある人物の必要を来し、従てこれを養成するためであったのである。けれどもこれらの子弟は多く家柄もよくて、年頃にもなれば君公の小姓を勤めるような門閥にもなっていたから、長く漢学ばかりさせておいては、本人やその親も迷惑であるので、他から言草の這入ったのか、段々と抜擢されて小姓に
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