乗といって、通称の外に元服後はなくてはならぬものであった。この方は実母の里交野から実母の姉が中島というへ嫁していた、その夫の隼太というのが明教館の助教で、私も時々教えを受けていた関係もあるから、つけてくれたのである。師克とは、父の実名が同人で易の同人卦からとったので、同じ卦の大師克相遇という爻の詞を採ったということであった。
 元服をすると、最初若い者の仲間に遇えば『お似合お似合』といって額を打たれるのが習慣になっていたが、私は明教館でもまず学問の方では或る造詣をしていたし、撃剣場などでも、父の役目に封して多少憚られていたから、幸に額の痛いほど打たれたことはなかった。しかし自分には変った顔となったのが恥かしかった。この際衣服の袖の八ツ口を全く止めて総てが大人振って見えるようになるのだ。
 元服と同時に撃剣の師匠橋本先生から切組格という段式を貰った。かように大人中間に入ったので明教館の漢学はいよいよ励まねばならず、また由井、錦織、籾山などの学事の交際や、郊外散歩なども相変らずしていた。しかるに私は経書や歴史などの研究は誰よりも優れていたにかかわらず、詩を作ることは全然知らなかった。かつて
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