しまう。その中に一人の客は『もう船で行くのは止めて陸にしよう。こう長く待っていては用事が差支える。』といって、支度をして上陸した。すると我も我もと三人五人続いて上陸する。私もかく滞船していては京都へ上るのも遅れる。いっその事上陸して山陽を行こうと思い付いた。一つは前夜の横波で苦んだ事にも懲々《こりごり》していたので、初は僕が同意せなかったにもかかわらず、遂に命令的に上陸の支度をさせた。
 この田ノ口港の近傍に由賀山という寺があったが、これはカナリ信仰の多い関西の霊地で、やはり金比羅等に準じて、遠方からも参詣者が絶えなかった。従って宿屋等も相当に賑わっている。私もこの由賀山へ参詣して、いよいよ岡山城下へ向けて陸地の旅を初める事となった。
 これは後に聞いた話であるが、かくの如く私どもその他の船客が上陸したのは、かねてより設けられた罠《わな》に掛ったので、前にもいう通り船賃は請負であるから、もしも航路の日数が多くなれば、食料の点で損をする。そこでなるべく乗客は中途で下す方が都合が好い。中途で下りるのは自己の勝手だから、定めの船賃は返さない。かような関係から最初発航した港から次の港へ着くまで
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