旅人が沢山寝ていた。多くは無作法な者ばかりであったから、変な感がして容易に眠る事が出来ぬ、その中に碇《いかり》を上げ帆を捲いて船を出したが、進むに従って横波が船の腹をドサンドサンと打って動揺して、それが段々|甚《ひど》くなった。船に弱い私は直ぐ胸が悪くなり、遂には嘔気を催すにも到った。それを僕が親切に介抱してくれた。こんな風なのが何でも半夜さばかり掛った末に或る港へ着船した。
夜が明けて聞いて見ると、それは備前の国の田ノ口という港であった。備前の国の陸地ではこの田ノ口が最も海中に突出していたから、讃岐よりの航路が短いので、多くの船はここへ着いたものである。
そこで再び船が出るかと思うと、一向に出る様子がない。最早大分風も歇《や》み掛っているようであるに、船頭どもは出船の用意をせないのみか、その主なる者は港へ上って小料理屋で酒を飲み、安芸者でも上げたと見えて、船へ帰ってから惚気《のろけ》話などするのが聞える。客はいずれも退窟して、『いつ出るのか。』と問うと、船頭は『まだこの風向きでは船は出せぬ。』と殆どあつかむような口気で答える。不平だけれども、自分ではどうも出来ぬから拠所なく黙って
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