となって行うのであったが、とにかく漢学生に取っては晴れの場所であった。水野が私に向って、お前ほどに漢学が出来れば是非とも御試業に出たが好いと言ったが、私は一体内気な方なので、馴れた人に対しては随分知っているだけの学問の話もするが、君公代理の前に出て、経書の講釈をするとなると、何だか怖いような気がして容易に出る気にはなれなかった。尤も当時私は既に十六歳に達していた。水野は飽くまでも勧めて止まず、その講釈の仕方までも悉皆口授してくれて、是非とも出ろという事であった。父が藩地にいたら、叱りつけても出すのであろうが、居ないのを幸にして、私はまだ躊躇していたけれども、いよいよその日となる頃には、遂に私も決心がついて出ようと思うようになった。
 そこでその日は明教館の広い講堂で、代理の家老を初め役々が列座している、一面には学校の先生達、一面には明教館の寄宿生及びその他の学生が居並んでいる、その中央へ出て行って一人ずつ講義するのである。この講義をするものは一方に控えていて順々に立って行くのであるが、段々と順番が進んで、私の座席近くまで出て行って、早や私の番が来そうになったので、胸は悸々《どきどき》す
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