今日は快晴である。そのためか鶉の声をきかない。姉の命によって唐紙を張る。親骨を皆まぜて仕舞ったので立て付けの終ったのは日没の太鼓が鳴り渡る頃であった。姉と妹とが銭湯へ出かけた留守の独り居が徒然なので節句にとゝのえたと云う雛人形を見せて貰うことにした。

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箱を出る顏忘れめや雛二對 蕪村
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の句を口ずさみながら塵にまみれた箱の蓋を開けて見ていると良さんが迎えに来た。
 姉も妹も帰ったので別れを告げて俥上の人となった。晩春の墨田川を眺めるために俥は堤へ上った。その辺にまだ妹が彳んでいるものと思って四顧したけれども見えない。夜のお稽古にでも行ってしまったのであろう。何となくもの淋しさを覚える。対岸には夕焼の残映が漂っている。聲風兄の家は彼の辺かと首を伸ばして見やったけれど解らなかった。墨堤の桜は悉く葉になって一片の落花さえ止めない。俥は家路へ真っ直ぐに辿る。私はふと小松島附近の青蘆が見たくなったので「家につくまでに暮れるでしょうか」と訊くと良さんは「暮れませんよ」と云う、で、早速俥は引き返された。間もなく白鬚も後にして諸会社から吐き出された職
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