やつやしい葉表には美しい灯影が流れている。
 五勺ほどの酒でいゝ気持になった。

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墓地越しに町の灯見ゆる遠蛙
行く春の蚊にほろ醉ひのさめにけり
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 こうした句作境涯に心ゆくばかり浸り得さしてくれた姉に感謝せざるを得ない。恰も如石が来たので妹などゝ椽先に語り合った。
 五月七日

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鶉來鳴く障子のもとの目覚めかな
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 妹は学友に起されて登校した。胃を病んでいる姉は昨夜の酒が過ぎたので痛むと云う。私は一人で朝餉をすませて、陽の一杯に漲っている若葉蔭に陣取って新聞を読む。

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杉の芽に蝶つきかねてめぐりけり
新聞に鳥影さす庭若葉かな
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 服薬して身を横たえている姉は句作に耽っている私の方を見乍ら時々思い出したように「沢山出来るかえ」と訊く。庭へ来て交るむ雀のあわたゞしさや手近い墓地に鳴き交わす雀共の賑わしさの中に藪鶯が美しい音尻を引いては鳴くのである。
 この家の裏に淡島寒月さんの居宅があって其の家裏を領している太い椎と松とに鶉が籠っている、そして
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