から客の方で黙つてゐると、結局眦み合つてしまふ。そしてこの眦み合ひが苦しいのだ。かうした長尻の客との対坐は、僕にとつてまさしく拷問の呵責である。
しかし僕の孤独癖は、最近になつてよほど明るく変化して来た。第一に身体が昔より丈夫になり、神経が少し図太く鈍つて来た。青年時代に、僕をひどく苦しめた病的感覚や強迫観念が、年と共に次第に程度を弱めて来た。今では多人数の会へ出ても、不意に人の頭をなぐつたり、毒づいたりしようとするところの、衝動的な強迫観念に悩まされることが稀れになつた。したがつて人との応接が楽になり、朗らかな気持で談笑することが出来てきた。そして一般に、生活の気持がゆつたりと楽になつて来た。だがその代りに、詩は年齢と共に拙くなつて来た。つまり僕は、次第に世俗の平凡人に変化しつつあるのである。これは僕にとつて、嘆くべきことか祝福すべきことか解らない。
その上にまた、最近家庭の事情も変化した。僕は数年前に妻と離別し、同時にまた父を失つてしまつた。後には子供と母とが残つてるが、とにかく僕の生活は、昔に比して甚だ自由で伸々して来た。すくなくとも家庭上の煩ひなどから、絶えず苛々して居た古
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