い気分が一掃されて来た。今の新しい僕は、むしろ親しい友人との集会なども、進んで求めるやうにさへ明るくなつてる。来訪客と話すことも、昔のやうに苦しくなく、時に却つて歓迎するほどでさへもある。ニイチェは読書を「休息」だと言つたが、今の僕にとつて、交際はたしかに一つの「休息」である。人と話をして居る間だけは、何も考へずに愉快で居られるからである。
 煙草や酒と同じく、交際もまた一つの「習慣」であると思ふ。その習慣がつかない中は、忌はしく煩はしいものであるが、一旦既に習慣がついた以上は、それなしに生活ができないほど、日常的必要なものになつてしまふ。この頃では僕にも少しその習慣がついたらしく、稀れに人と逢はない日を、寂しく思ふやうにさへなつて来た。煙草が必要でないやうに、交際もまた人生の必要事ではない。だが多くの人々にとつて、煙草が習慣的必要品であるやうに、交際もまた習慣的な必要事なのである。
「孤独は天才の特権だ」といつたショーペンハウエルでさへ、夜は淫売婦などを相手にしてしやべつて居たのだ。真の孤独生活といふことは、到底人間には出来ないことだ。友人が無ければ、人は犬や鳥とさへ話をするのだ。畢
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