つも倶楽部でばかり人に会つて居た。そこで僕の家の家風全体が、一体に訪問客を悦ばなかつた。特に僕の所へ来る客は厭がられた。それはたいてい垢じみた着物をきて、頭を乱髪にした地方の文学青年だつた。堂々と玄関を構へてる医者の家へ、ルンペンか主義者のやうな風態をした男が出入するのを、父が世間態を気にして厭がつたのは無理もなかつた。そこで青年たちが来る毎に、僕は裏門をあけてそつと入れ、家人に気兼ねしながら話さねばならなかつた。それは僕にとつて非常に辛く、客と両方への気兼ねのために、神経をひどく疲らせる仕事だつた。僕は自然に友人を避け、孤独で暮すことを楽しむやうに、環境から躾けられてしまつたのである。
かうした環境に育つた僕は、家で来客と話すよりも、こつちから先方へ訪ねて行き、出先で話すことを気楽にして居る。それに僕は神経質で、非常に早く疲れ易い。気心の合つた親友なら別であるが、さうでもない来客と話をすると、すぐに疲労が起つてきて、坐つて居るのさへ苦しくなる。しかもそれを色々に隠して、来客と話さねばならないのである。それがこつちから訪ねる場合は、何時でも随意に別れることが出来るのである。この「告別
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