の恐ろしい姿や、得體の解らぬ怪獸やの、魑魅魍魎《ちみもうりよう》の大群に取り圍まれて魘されてゐる。人が本能的に闇黒を恐れるのも、それが敵から襲撃されるところの、最も恐ろしく氣味の惡い時であつたからだ。夢の中では、人間も萬物の靈長ではなく、馬や牛や動物と變りがない。或はもつとそれよりも、悲しく頼りない生物であるかも知れない。人間の夢の中に理智が現はれ、文化人としての記憶が表象されるのは、おそらく數千萬年の將來に屬するだらう。
心理學者の誤謬 夢の解釋について、多くの心理學者に共通する誤謬は、覺醒時に於ける半醒半夢の状態から、眞の昏睡時の夢を類推することである。夢が性慾の潛在意識であるといふフロイドの學説も、おそらくその同じ誤謬から出發してゐる。覺醒時に於ては、既に半ば意識が働き、夢を夢と意識することから、人は或る程度まで、夢を自分の意志によつて、自由にコントロールすることができるのである。そこでフロイドの説の如く、人はその日常生活で抑壓され、ふだんに内攻してゐる性の欲求を、おのづから夢の中に變貌して表象する。多くの人々にあつて「まだ醒めやらぬ明方の夢」が樂しいのは、つまり言つてこの事實
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