字通りに退屈極まる文学を、かつて世界に見たことがない。それらの文学は、じめじめした倦怠無意味の生活を、真にその退屈の実感[#「退屈の実感」に傍点]で書いてゐた。かうした文学がいつたい「何のために」「何の興味」で創作されるのかといふことは、子規のタダゴト歌以上に、私にとつて釈きがたい謎であつた。
 病床生活から、私は初めてこの文学の謎を解いた。すくなくとも彼等が、あんなにくだらない[#「くだらない」に傍点]平凡茶飯事を、何のために[#「何のために」に傍点]書いたかといふことの、不思議な心境が理解された。実に病気の間、私にとつて生活の最も平凡無味のことが面白かつた。病気の疲労した脳髄は、終日休息を欲して睡眠をむさぼつた。さうした私の脳髄には、あらゆる刺戟性のものが不快であつた。強い調子や、力のある思想や、感激性の高いものや、詩的情熱の燃えてるものや、すべてその種の読み物や談話やは、生理的に不愉快であり、異常な空虚の感をあたへた。私の疲労した身心は、静かな茶間の一室で、鉄瓶の湯の煮える音を楽しんだ。妻や近所の細君たちが、愚にもつかない日常の世間話をしてゐるのが、何よりも興趣深く、且つ恍惚とし
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