とろへ
暗憺として長《とこし》なへに生きるに倦みたり。
いかんぞ故郷に獨り歸り
さびしくまた利根川の岸に立たんや。
汽車は曠野を走り行き
自然の荒寥たる意志の彼岸に
人の憤怒《いきどほり》を烈しくせり。


 波宜亭

少年の日は物に感ぜしや
われは波宜《はぎ》亭の二階によりて
かなしき情感の思ひにしづめり。
その亭の庭にも草木茂み
風ふき渡りてばうばうたれども
かのふるき待たれびとありやなしや。
いにしへの日には鉛筆もて
欄干《おばしま》にさへ記せし名なり。
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――郷士望景詩――
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 家庭

古き家の中に坐りて
互に默《もだ》しつつ語り合へり。
仇敵に非ず
債鬼に非ず
「見よ! われは汝の妻
死ぬるとも尚離れざるべし。」
眼《め》は意地惡しく 復讐に燃え 憎憎しげに刺し貫ぬく。
古き家の中に坐りて
脱るべき術《すべ》もあらじかし。


 珈琲店 醉月

坂を登らんとして渇きに耐へず
蹌踉として醉月の扉《どあ》を開けば
狼籍たる店の中より
破れしレコードは鳴り響き
場末の煤ぼけたる電氣の影に
貧しき酒瓶の列を立てたり。
ああ この暗愁
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