ば狂気したのだ。私自身の宇宙が、意識のバランスを失って崩壊したのだ。
私は自分が怖《こわ》くなった。或る恐ろしい最後の破滅が、すぐ近い所まで、自分に迫って来るのを強く感じた。戦慄が闇を走った。だが次の瞬間、私は意識を回復した。静かに心を落付《おちつけ》ながら、私は今一度目をひらいて、事実の真相を眺め返した。その時もはや、あの不可解な猫の姿は、私の視覚から消えてしまった。町には何の異常もなく、窓はがらん[#「がらん」に傍点]として口を開《あ》けていた。往来には何事もなく、退屈の道路が白っちゃけてた。猫のようなものの姿は、どこにも影さえ見えなかった。そしてすっかり情態が一変していた。町には平凡な商家が並び、どこの田舎にも見かけるような、疲れた埃っぽい人たちが、白昼の乾《かわ》いた街を歩いていた。あの蠱惑的《こわくてき》な不思議な町はどこかまるで消えてしまって、骨牌《カルタ》の裏を返したように、すっかり別の世界が現れていた。此所に現実している物は、普通の平凡な田舎町。しかも私のよく知っている、いつものU町の姿ではないか。そこにはいつもの理髪店が、客の来ない椅子《いす》を並べて、白昼の往来を
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