に、へんに骨ばって畸形《きけい》に見えた。
「今だ!」
 と恐怖に胸を動悸《どうき》しながら、思わず私が叫んだ時、或る小さな、黒い、鼠《ねずみ》のような動物が、街の真中を走って行った。私の眼には、それが実によくはっきりと映像された。何かしら、そこには或る異常な、唐突な、全体の調和を破るような印象が感じられた。
 瞬間。万象が急に静止し、底の知れない沈黙が横たわった。何事かわからなかった。だが次の瞬間には、何人《なんぴと》にも想像されない、世にも奇怪な、恐ろしい異変事が現象した。見れば町の街路に充満して、猫の大集団がうようよと歩いているのだ。猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。どこを見ても猫ばかりだ。そして家々の窓口からは、髭《ひげ》の生《は》えた猫の顔が、額縁の中の絵のようにして、大きく浮き出して現れていた。
 戦慄《せんりつ》から、私は殆《ほと》んど息が止まり、正に昏倒《こんとう》するところであった。これは人間の住む世界でなくて、猫ばかり住んでる町ではないのか。一体どうしたと言うのだろう。こんな現象が信じられるものか。たしかに今、私の頭脳はどうかしている。自分は幻影を見ているのだ。さもなけれ
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