ランスを失っても、家全体が崩壊して、硝子が粉々に砕けてしまう。それの安定を保つためには、微妙な数理によって組み建てられた、支柱の一つ一つが必要であり、それの対比と均斉とで、辛《かろ》うじて支《ささ》えているのであった。しかも恐ろしいことには、それがこの町の構造されてる、真の現実的な事実であった。一つの不注意な失策も、彼らの崩壊と死滅を意味する。町全体の神経は、そのことの危懼《きぐ》と恐怖で張りきっていた。美学的に見えた町の意匠は、単なる趣味のための意匠でなく、もっと恐ろしい切実の問題を隠していたのだ。
 始めてこのことに気が付いてから、私は急に不安になり、周囲の充電した空気の中で、神経の張りきっている苦痛を感じた。町の特殊な美しさも、静かな夢のような閑寂さも、かえってひっそりと気味が悪く、何かの恐ろしい秘密の中で、暗号を交《かわ》しているように感じられた。何事かわからない、或る漠然《ばくぜん》とした一つの予感が、青ざめた恐怖の色で、忙がしく私の心の中を馳《か》け廻った。すべての感覚が解放され、物の微細な色、匂《にお》い、音、味、意味までが、すっかり確実に知覚された。あたりの空気には、死
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