−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
虫
或る詰らない何かの言葉が、時としては毛虫のやうに、脳裏の中に意地わるくこびりついて、それの意味が見出される迄、執念深く苦しめるものである。或る日の午後、私は町を歩きながら、ふと「鉄筋コンクリート」といふ言葉を口に浮べた。何故にそんな言葉が、私の心に浮んだのか、まるで理由がわからなかつた。だがその言葉の意味の中に、何か常識の理解し得ない、或る幽幻な哲理の謎《なぞ》が、神秘に隠されてゐるやうに思はれた。それは夢の中の記憶のやうに、意識の背後にかくされて居り、縹渺《ひようびよう》として捉へがたく、そのくせすぐ目の前にも、捉《とら》へることができるやうに思はれた。何かの忘れたことを思ひ出す時、それがつい近くまで来て居ながら、容易に思ひ出せない時のあの焦燥。多くの人人が、たれも経験するところの、あの苛苛《いらいら》した執念の焦燥が、その時以来|憑《つ》きまとつて、絶えず私を苦しくした。家に居る時も、外に居る時も、不断に私はそれを考へ、この詰らない、解りきつた言葉の背後にひそんでゐる、或る神秘なイメ−ヂの謎を摸索《も
前へ
次へ
全35ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング