人、わけても孤独を寂しむ人、孤独を愛する人によつて、群集こそは心の家郷、愛と慰安の住家である。ボードレエルと共に、私もまた一つのさびしい歌を唄はう。――都会は私の恋人。群集は私の家郷。ああ何処までも、何処までも、都会の空を徘徊《はいかい》しながら、群集と共に歩いて行かう。浪の彼方《かなた》は地平に消える、群集の中を流れて行かう。(『四季』1935年2月号)

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 虚無の歌
     我れは何物をも喪失せず
     また一切を失ひ尽せり。「氷島」

 午後の三時。広漠とした広間《ホール》の中で、私はひとり麦酒《ビール》を飲んでた。だれも外に客がなく、物の動く影さへもない。煖炉《ストーブ》は明るく燃え、扉《ドア》の厚い硝子《ガラス》を通して、晩秋の光が侘《わび》しく射《さ》してた。白いコンクリートの床、所在のない食卓《テーブル》、脚の細い椅子の数数。
 ヱビス橋の側《そば》に近く、此所の侘しいビヤホールに来て、私は何を待つてるのだらう? 恋人でもなく、熱情でも
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