紅茶の中へそつと落した。
 熱い煮えたつた紅茶の中で、見る見る砂糖は解けて行つた。そして小さな細かい気泡《きほう》が、茶碗《ちやわん》の表面に浮びあがり、やがて周囲の辺《へり》に寄り集つた。その時私はまた一つの角砂糖を壺から出した。そして前と同じやうに、気取つた勿体らしい手付をしながら、そつと茶碗へ落し込んだ。(その時私は、いかに自分の手際《てぎわ》が鮮やかで、巴里《パリ》の伊達者《だてしゃ》がやる以上に、スマートで上品な挙動に適《かな》つたかを、自分で意識して得意でゐた。)茶碗の底から、再度また気泡が浮び上つた。そして暫《しば》らく、真中にかたまり合つて踊りながら、さつと別れて茶碗の辺《へり》に吸ひついて行つた。それは丁度、よく訓練された団体遊戯《マスゲーム》が、号令によつて、行動するやうに見えた。
 「どうだ。すばらしいだろう!」
 と私が言つた。
 「まあ。素敵ね!」
 とじつと見て居たその少女が、感嘆おく能《あた》はざる調子で言つた。
 「これ、本当の芸術だわ。まあ素敵ね。貴方《あなた》。何て名前の方なの?」
 そして私の顔を見詰め、絶対無上の尊敬と愛慕をこめて、その長い睫毛《まつげ》をしばだたいた。是非また来てくれと懇望した。私にしばしば逢つて、いろいろ話が聞きたいからとも言つた。
 私はすつかり得意になつた。そして我ながら自分の思ひ付に感心した。こんなすばらしいことを、何故《なぜ》にもつと早く考へつかなかつたらうと不思議に思つた。これさへやれば、どんな女でも造作なく、自分の自由に手なづけることができるのである。かつて何人も知らなかつた、これ程《ほど》の大発明を、自分が独創で考へたといふことほど、得意を感じさせることはなかつた。そこで私は、茫然《ぼうぜん》としてゐる友人等の方をふり返つて、さも誇らしく、大得意になつて言つた。
 「女の子を手なづけるにはね、君。この手に限るんだよ。この手にね。」
 そこで夢から醒めた。そして自分のやつたことの馬鹿馬鹿しさを、あまりの可笑《おか》しさに吹き出してしまつた。だが「この手に限るよ。」と言つた自分の言葉が、いつ迄も耳に残つて忘られなかつた。
 「この手に限るよ。」
 その夢の中の私の言葉が、今でも時時聞える時、私は可笑しさに転《ころ》がりながら、自分の中の何所かに住んでる、或る「馬鹿者《フール》」の正体を考へるのであ
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