だい君。」
 と、半ば笑ひながら友が答へた。
 「そりや君。中の骨組を鉄筋にして、コンクリート建てにした家のことぢやないか。それが何うしたつてんだ。一体。」
 「ちがふ。僕はそれを聞いてるのぢやないんだ。」
 と、不平を色に現はして私が言つた。
 「それの意味なんだ。僕の聞くはね。つまり、その……。その言葉の意味……表象……イメーヂ……。つまりその、言語のメタフイヂツクな暗号。寓意《ぐうい》。その秘密。……解るね。つまりその、隠されたパズル。本当の意味なのだ。本当の意味なのだ。」
 この本当の意味と言ふ語に、私は特に力を入れて、幾度も幾度も繰返した。
 友はすつかり呆気に取られて、放心者のやうに口を開きながら、私の顔ばかり視《み》つめて居た。私はまた繰返して、幾度もしつツこく質問した。だが友は何事も答へなかつた。そして故意に話題を転じ、笑談に紛らさうと努め出した。私はムキになつて腹が立つた。人がこれほど真面目《まじめ》になつて、熱心に聞いてる重大事を、笑談に紛らすとは何の事だ。たしかに、此奴は自分で知つてるにちがひないのだ。ちやんとその秘密を知つてゐながら、私に教へまいとして、わざと薄とぼけて居るにちがひないのだ。否、この友人ばかりではない。いつか電車の中で逢《あ》つた男も、私の周囲に居る人たちも、だれも皆知つてるのだ。知つて私に意地わるく教へないのだ。
 「ざまあ見やがれ。此奴等!」
 私は心の中で友を罵《ののし》り、それから私の知つてる範囲の、あらゆる人人に対して敵愾《てきがい》した。何故に人人が、こんなにも意地わるく私にするのか。それが不可解でもあるし、口惜しくもあつた。
 だがしかし、私が友の家を跳び出した時、ふいに全く思ひがけなく、その憑き物のやうな言葉の意味が、急に明るく、霊感のやうに閃《ひら》めいた。
 「虫だ!」
 私は思はず声に叫んだ。虫! 鉄筋コンクリートといふ言葉が、秘密に表象してゐる謎の意味は、実にその単純なイメーヂに過ぎなかつたのだ。それが何故に虫であるかは、此所《ここ》に説明する必要はない。或る人人にとつて、牡蠣《かき》の表象が女の肉体であると同じやうに、私自身にすつかり解りきつたことなのである。私は声をあげて明るく笑つた。それから両手を高く上げ、鳥の飛ぶやうな形をして、嬉《うれ》しさうに叫びながら、町の通りを一散に走り出した。(『文藝』
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