玉のついた帽子を被《かぶ》り、辮髪《べんぱつ》の豚尾を背中に長くたらしていた。その辮髪は、支那人の背中の影で、いつも嘆息《ためいき》深く、閑雅に、憂鬱に沈思しながら、戦争の最中でさえも、阿片の夢のように逍遥《さまよ》っていた。彼らの姿は、真に幻想的な詩題であった。だが日本の兵士たちは、もっと勇敢で規律正しく、現実的な戦意に燃えていた。彼らは銃剣で敵を突き刺し、その辮髪をつかんで樹《き》に巻きつけ、高梁《コーリャン》畠《ばたけ》の薄暮の空に、捕虜になった支那人の幻想を野曝《のざら》しにした。殺される支那人たちは、笛のような悲声をあげて、いつも北風の中で泣き叫んでいた。チャンチャン坊主は、無限の哀傷の表象だった。
陸軍工兵一等卒、原田重吉は出征した。暗鬱な北国地方の、貧しい農家に生れて、教育もなく、奴隷のような環境に育った男は、軍隊において、彼の最大の名誉と自尊心とを培養された。軍律を厳守することでも、新兵を苛《いじ》めることでも、田舎に帰って威張ることでも、すべてにおいて、原田重吉は模範的軍人だった。それ故にまた重吉は、他の同輩の何人よりも、無智的な本能の敵愾心《てきがいしん》で、チャ
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