ンチャン坊主を憎悪していた。軍が平壌《へいじょう》を包囲した時、彼は決死隊勇士の一人に選出された。
「中隊長殿! 誓って責務を遂行します。」
と、漢語調の軍隊言葉で、如何《いか》にも日本軍人らしく、彼は勇ましい返事をした。そして先頭に進んで行き、敵の守備兵が固めている、玄武門に近づいて行った。彼の受けた命令は、その玄武門に火薬を装置し、爆発の点火をすることだった。だが彼の作業を終った時に、重吉の勇気は百倍した。彼は大胆不敵になり、無謀にもただ一人、門を乗り越えて敵の大軍中に跳《と》び降りた。
丁度その時、辮髪の支那兵たちは、物悲しく憂鬱な姿をしながら、地面に趺坐《ふざ》して閑雅な支那の賭博《ばくち》をしていた。しがない日傭人《ひようとり》の兵隊たちは、戦争よりも飢餓を恐れて、獣のように悲しんでいた。そして彼らの上官たちは、頭に羽毛のついた帽子を被り、陣営の中で阿片を吸っていた。永遠に、怠惰に、眠たげに北方の馬市場を夢の中で漂泊《さまよ》いながら。
原田重吉が、ふいに夢の中へ跳び込んで来た。それで彼らのヴィジョンが破れ、悠々《ゆうゆう》たる無限の時間が、非東洋的な現実意識で、俗悪にも不調和に破れてしまった。支那人は馳《か》け廻った。鉄砲や、青竜刀《せいりゅうとう》や、朱の総《ふさ》のついた長い槍《やり》やが、重吉の周囲を取り囲んだ。
「やい。チャンチャン坊主|奴《め》!」
重吉は夢中で怒鳴った、そして門の閂《かんぬき》に双手《もろて》をかけ、総身の力を入れて引きぬいた。門の扉《とびら》は左右に開き、喚声をあげて突撃して来る味方の兵士が、そこの隙間《すきま》から遠く見えた。彼は閂を両手に握って、盲目滅法《めくらめっぽう》に振り廻した。そいつが支那人の身体《からだ》に当り、頭や腕をヘシ折るのだった。
「それ、あなた。すこし、乱暴あるネ。」
と叫びながら、可憫《かわい》そうな支那兵が逃げ腰になったところで、味方の日本兵が洪水《こうずい》のように侵入して来た。
「支那ペケ、それ、逃げろ、逃げろ、よろしい。」
こうして平壌は占領され、原田重吉は金鵄勲章《きんしくんしょう》をもらったのである。
下
戦争がすんでから、重吉は故郷に帰った。だが軍隊生活の土産《みやげ》として、酒と女の味を知った彼は、田舎の味気ない土いじりに、もはや満足することが出来なかった
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