根に見る青空であり、オルゴールの音色のやうに、靜かに寂しく、無限の郷愁を誘つてゐる。さうして鋪道のある街街には、靜かに音もなく、夢のやうな建物が眠つてゐて、秋の巷の落葉のやうに、閑雅な雜集が徘徊してゐる。人も、馬車も、旗も、汽船も、すべてこの風景の中では「時」を持たない。それは指針の止つた大時計のやうに、無限に悠悠と靜止してゐる。そしてすべての風景は、カメラの磨硝子に寫つた景色のやうに、時空の第四次元で幻燈しながら、自奏機《おるごをる》の鳴らす侘しい歌を唄つてゐる。その侘しい歌こそは、すべての風景が情操してゐる一つの郷愁、即ちあの「都會の空に漂ふ郷愁」なのである。
西暦一九三四年秋
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定本 青猫 全
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蝶を夢む
座敷のなかで 大きなあつぼつたい翼《はね》をひろげる
蝶のちひさな 黒い顏とその長い觸手と
紙のやうにひろがる あつぼつたいつばさの重みと
わたしは白い寢床のなかで目をさましてゐる。
しづかにわたしは夢の記憶をたどらうとする
夢はあはれにさびし
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