者を、新しく求めたいと思ふからである。

 本書の標題「青猫」の意味について、しばしば人から質問を受けるので、ついでに此所で解説しておかう。著者の表象した語意によれば、「青猫」の「青」は英語の Blue を意味してゐるのである。即ち「希望なき」「憂鬱なる」「疲勞せる」等の語意を含む言葉として使用した。この意を明らかにする爲に、この定本版の表紙には、特に英字で The Blue Cat と印刷しておいた。つまり「物憂げなる猫」と言ふ意味である。も一つ他の別の意味は、集中の詩「青猫」にも現れてる如く、都會の空に映る電線の青白いスパークを、大きな青猫のイメーヂに見てゐるので、當時田舍にゐて詩を書いてた私が、都會への切ない郷愁を表象してゐる。尚この詩集を書いた當時、私はシヨーペンハウエルに惑溺してゐたので、あの意志否定の哲學に本質してゐる、厭世的な無爲のアンニユイ、小乘佛教的な寂滅爲樂の厭世感が、自《おのづ》から詩の情想の底に漂つてゐる。

 初版「青猫」は多くの世評に登つたけれども、著者としての私が滿足し、よく詩集のエスプリを言ひ當てたと思つた批評は、當時讀んだ限りに於て、藏原伸二郎君の文だ
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