荒寥の地方ばかりを歩いてゐよう。
年をとつた婦人のすがたは
家鴨《あひる》や鷄《にはとり》によく似てゐて
網膜の映るところに眞紅《しんく》の布《きれ》がひらひらする。
なんたるかなしげな黄昏だらう!
象のやうなものが群がつてゐて
郵便局の前をあちこちと彷徨してゐる。
「ああどこに 私の音づれの手紙を書かう!」


 佛陀
  或は 世界の謎

赭土《あかつち》の多い丘陵地方の
さびしい洞窟の中に眠つてゐるひとよ
君は貝でもない 骨でもない 物でもない。
さうして磯草の枯れた砂地に
ふるく錆びついた時計のやうでもないではないか。
ああ 君は「眞理」の影か 幽靈か
いくとせもいくとせもそこに坐つてゐる
ふしぎの魚のやうに生きてゐる木乃伊《みいら》よ。
このたへがたくさびしい荒野の涯で
海はかうかうと空に鳴り
大海嘯《おほつなみ》の遠く押しよせてくるひびきがきこえる。
君の耳はそれを聽くか?
久遠《くをん》のひと 佛陀よ!


 ある風景の内殼から

どこにまあ! この情慾は口を開いたら好いのだらう。
大|海龜《うみがめ》は山のやうに眠つてゐるし
古生代の海に近く
厚さ千貫目ほどもある ※
前へ 次へ
全55ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング