盤の向うで
冬のさびしい海景が泣いて居るではないか。
涙を路ばたの石にながしながら
私の辮髮を背中にたれて 支那人みたやうに歩いてゐよう。
かうした暗い光線はどこからくるのか
あるいは理髮師《とこや》や裁縫師《したてや》の軒に artist の招牌《かんばん》をかけ
野菜料理や木造旅館の貧しい出窓が傾いて居る。
どうしてこんな貧しい「時」の寫眞を映すのだらう。
どこへもう! 外の行くところさへありはしない。
はやく石垣のある波止場を曲り
遠く沖にある帆船へかへつて行かう。
さうして忘却の錨を解き 記録のだんだんと消えさる
港を訪ねて行かう。
荒寥地方
散歩者のうろうろと歩いてゐる
十八世紀頃の物さびしい裏街の通りがあるではないか
青や赤や黄色の旗がびらびらして
むかしの出窓に鐵葉《ぶりき》の帽子が飾つてある。
どうしてこんな情感のふかい市街があるのだらう!
日時計の時刻はとまり
どこに買物をする店や市場もありはしない。
古い砲彈の碎片《かけ》などが掘り出されて
それが要塞區域の砂の中で まつくろに錆びついてゐたではないか。
どうすれば好いのか知らない
かうして人間どもの生活する
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