な情熱になやみながら
わたしは沈默の墓地をたづねあるいた。
それはこの草叢《くさむら》の風に吹かれてゐる
しづかに 錆びついた 戀愛鳥の木乃伊《みいら》であつた。


 艶めかしい墓場

風は柳を吹いてゐます
どこにこんな薄暗い墓地の景色があるのだらう。
なめくぢは垣根を這ひあがり
見はらしの方から生《なま》あつたかい潮みづがにほつてくる
どうして貴女《あなた》はここに來たの?
やさしい 青ざめた 草のやうにふしぎな影よ。
貴女は貝でもない 雉でもない 猫でもない
さうしてさびしげなる亡靈よ!
貴女のさまよふからだの影から
まづしい漁村の裏通りで 魚のくさつた臭ひがする。
その腸《はらわた》は日にとけてどろどろと生臭く
かなしく せつなく ほんとにたへがたい哀傷のにほひである。
ああ この春夜のやうになまぬるく
べにいろのあでやかな着物をきてさまよふひとよ
妹のやうにやさしいひとよ。
それは墓場の月でもない 燐でもない 影でもない眞理でもない
さうしてただ なんといふ悲しさだらう。
かうして私の生命《いのち》や肉體はくさつてゆき
「虚無」のおぼろげな景色のかげで
艶めかしくも ねばねばとしなだれて居るのですよ。
[#改ページ]

[#「市街之圖」の挿し絵]
 市街之圖

散歩者のうろうろと歩いてゐる
十八世紀頃の物わびしい裏町の通があるではないか
青や 赤や 黄色の旗がびらびらして
むかしの出窓にブリキの帽子が竝んでゐる。
どうしてこんな 情感の深い市街があるのだらう。
[#天から9字下げ]――荒寥地方――
[#改ページ]


 くづれる肉體

蝙蝠のむらがつてゐる野原の中で
わたしはくづれてゆく肉體の柱《はしら》をながめた。
それは宵闇にさびしくふるへて
影にそよぐ死《しに》びと草《ぐさ》のやうになまぐさく
ぞろぞろと蛆蟲の這ふ腐肉のやうに醜くかつた。
ああこの影を曳く景色のなかで
わたしの靈魂はむずがゆい恐怖をつかむ
それは港からきた船のやうに 遠く亡靈のゐる島島を渡つてきた。
それは風でもない 雨でもない
そのすべては愛欲のなやみにまつはる暗い恐れだ。
さうして蛇つかひの吹く鈍い音色に
わたしのくづれてゆく影がさびしく泣いた。


 鴉毛の婦人

やさしい鴉毛の婦人よ
わたしの家根裏の部屋にしのんできて
麝香のなまめかしい匂ひをみたす
貴女はふしぎな夜鳥
木製
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