んやりとした光線のさすところで
圓頂塔《どうむ》の上に圓頂塔《どうむ》が重なり
それが遠い山脈の方まで續いてゐるではないか。
なんたるさびしげな青空だらう。
透き通つた硝子張りの虚空の下で
あまたのふしぎなる建築が格鬪し
建築の腕と腕とが組み合つてゐる。
このしづかなる博覽會の景色の中を
かしこに遠く 正門を過ぎて人人の影は空にちらばふ
なんたる夢のやうな群集だらう。
そこでは文明のふしぎなる幻燈機械や
天體旅行の奇妙なる見世物をのぞき歩く
さうして西暦千八百十年頃の 佛國巴里市を見せるパノラマ館の裏口から
人の知らない祕密の拔穴「時」の胎内へもぐり込んだ
ああ この逃亡をだれが知るか?
圓頂塔《どうむ》の上に圓頂塔《どうむ》が重なり
無限にはるかなる地平の空で
日ざしは悲しげにただよつてゐる。


 まどろすの歌

愚かな海鳥のやうな姿《すがた》をして
瓦や敷石のごろごろとする 港の市街區を通つて行かう。
こはれた幌馬車が列をつくつて
むやみやたらに圓錐形の混雜がやつてくるではないか
家臺は家臺の上に積み重なつて
なんといふ人畜のきたなく混雜する往來だらう。
見れば大時計の古ぼけた指盤の向うで
冬のさびしい海景が泣いて居るではないか。
涙を路ばたの石にながしながら
私の辮髮を背中にたれて 支那人みたやうに歩いてゐよう。
かうした暗い光線はどこからくるのか
あるいは理髮師《とこや》や裁縫師《したてや》の軒に artist の招牌《かんばん》をかけ
野菜料理や木造旅館の貧しい出窓が傾いて居る。
どうしてこんな貧しい「時」の寫眞を映すのだらう。
どこへもう! 外の行くところさへありはしない。
はやく石垣のある波止場を曲り
遠く沖にある帆船へかへつて行かう。
さうして忘却の錨を解き 記録のだんだんと消えさる
港を訪ねて行かう。


 荒寥地方

散歩者のうろうろと歩いてゐる
十八世紀頃の物さびしい裏街の通りがあるではないか
青や赤や黄色の旗がびらびらして
むかしの出窓に鐵葉《ぶりき》の帽子が飾つてある。
どうしてこんな情感のふかい市街があるのだらう!
日時計の時刻はとまり
どこに買物をする店や市場もありはしない。
古い砲彈の碎片《かけ》などが掘り出されて
それが要塞區域の砂の中で まつくろに錆びついてゐたではないか。
どうすれば好いのか知らない
かうして人間どもの生活する
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