祕なにほひをたたふ。
寄生蟹のうた
潮みづのつめたくながれて
貝の齒はいたみに齲ばみ酢のやうに溶けてしまつた
ああ ここにはもはや友だちもない戀もない
渚にぬれて亡靈のやうな草を見てゐる
その草の根はけむりのなかに白くかすんで
春夜のなまぬるい戀びとの吐息のやうです。
おぼろにみえる沖の方から
船びとはふしぎな航海の歌をうたつて 拍子も高く楫の音がきこえてくる
あやしくもここの磯邊にむらがつて
むらむらとうづ高くもりあがり また影のやうに這ひまはる
それは雲のやうなひとつの心像 さびしい寄生蟹《やどかり》の幽靈ですよ。
野鼠
どこに私らの幸福があるのだらう
泥土《でいど》の砂を掘れば掘るほど
悲しみはいよいよふかく湧いてくるではないか
春は幔幕のかげにゆらゆらとして
遠く俥にゆすられながら行つてしまつた。
どこに私らの戀人があるのだらう
ばうばうとした野原に立つて口笛を吹いてみても
もう永遠に空想の娘らは來やしない。
なみだによごれためるとん[#「めるとん」に傍点]のづぼんをはいて
私は日傭人《ひようとり》のやうに歩いてゐる
ああもう希望もない 名譽もない 未來もない
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