したり、小さな坂を登つたり降りたりする所が多い。伊太利のナポリ辺へ行くと、市街の家並が不均斉で、登つたり降りたり、中庭を突つ切つたり、路地から路地へ曲つたりする迷路のやうな市街が多いといふことを聞いてゐるせいか、伊香保の町の裏通りを歩くと、何となく南欧の田舎町といふ感じがする。
今の伊香保の第一印象は、電車の停車場附近であるが、あの辺の気分も悪くない。第一、ああした山の中に、電車の停車場といふやうな者があると、その辺の空気を奇体に明るくする。それは丁度、深い密林の中で白堊の洋館を見る時のやうな感じである。そこに一種の鮮新な喜悦――心の視野が遠く延びて行くやうな喜悦――がある。適度の文明的人工物は、自然をして軽快ならしめ、森や林や山巒に、微かな香水の匂ひをあたへる。緑蔭に於ける白のベンチ、野景に於ける女のパラソル等も、またこの意味でのよい人工的反映である。新緑の中を走る電車、それは伊香保の追憶の中で、最も情緒の高いものであらう。併し伊香保の設計者は、折角のかうした情趣を充分に生かして居ない。あの辺は、伊香保にとつて何より大切な第一印象であるから、も少しフレツシユな色調をもたせることが必
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