といふやうな所は全くない。「ああ好い」といふ風な強い印象はないが、何度行つてもその度毎に親しみのあるやうな、比較的飽きない温泉である。秋草を日本趣味といふ意味での、おとなしい閑雅さから、伊香保を日本趣味といふのは適評である。明るいといふでもなく、暗いといふでもなく、言はばその明暗の中間が伊香保の気分であらう。
 伊香保の特色は、だれも感ずる如く、その石段あがりの市街にある。実際伊香保の町は、全部石垣で出来て居ると言つても好い。その石段の両側には、土産物の寄木細工を売る店や、かういふ町に適当な小綺麗の小間物屋や、舶来煙草を飾つた店や、中庭に廻廊のある二層三層の温泉旅館が、軒と軒とを重ね合せて、ごてごてと不規則に並んで居る。そしてその石段道の一方からは、絶えず温泉くさい湯気が朦々と立ち登つて、如何にも温泉場らしい特異の感じがする。それに山の霧が多いので、いつも水蒸気で町の軒灯が紅色にかすんで、一層山間都市の華やかな感じを深める。また伊香保の町は、全体に細い横丁や路地の多い、抜道だらけの町である。人の家の中庭を突つきつて街路へ出たり、狭い石垣の下を通つて横丁へ出たり、勝手口のやうな裏道を迂廻
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