言はば山間都市に対する蜃気楼的な幻想――にある。順つてそれが周囲に対して特異な気分を反映するほど、さうした場所の印象と魅惑を深くする。(言ふ迄もなく、それは調和ある反映[#「調和ある反映」に丸傍点]である。緑陰に白のベンチを配合するといつた反映である。不調和な都会風は、却つて折角の自然美を俗悪にする。)
 それ故、私の好みから言へば、先づ関東附近で「好き」と言ひ得る温泉は、何といつても箱根だけである。日光や軽井沢も悪くないが、それは温泉でないから別として、温泉では箱根を第一位にあげたい。人工的方面や、温泉場としての気分の好いことは勿論だが、自然の展望から言つても、箱根の感じは別である。全体に明るくて、新緑といふやうなフレツシユの気分が高い。箱根の気分は、旧日本のそれでなくして、矢張新日本のそれである、老人の好みでなくして青年の好みである。さて、箱根に次いで、どこが好きかと言はれると、もはや返事に困るが、嫌ひでないといふ側からなら、先づ第一に伊香保をあげたい。前に言つた通り、伊香保は中庸的の温泉であるから、自分の趣味で好き[#「好き」に傍点]といふには不適当だが、嫌ひ[#「嫌ひ」に傍点]
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