特有の情趣がなく、すべて感じが乾燥して居る。尤も伊東は特別にくだらぬ温泉であるが、他の熱海でも別府でも、温泉らしくない点では、伊東と大同小異であらう。
さてこのやうに考へてくると、皆嫌ひな温泉ばかりで、好きだと言ふのは一つもない。自分の好きな注文を言へば、第一、感じが明るく、言はば「静かな華やかさ」を持つてゐなければいけない。つまりそれは、田舎の湯治場にみる「賑やかな陰気さ」の反対である。人間でも建築でも、田舎風の煤ぼけた者ががやがや[#「がやがや」に傍点]混み合つて居るのでなくして、都会風の明るい感じの者で、小ぢんまりとして居る所が好い。一体、温泉などといふものは、周囲が極めて閑寂であるから、之れと反映するために、生活の気分を華やかにする必要がある。すくなくとも気を滅入らせない程度の明るさがなくてはならぬ。衣装にすれば色彩の鮮明な、白とか、青とか、水色とかいつたやうなものが好く、建築にすれば、感じの薄暗い田舎風の家より、明るい西洋建築や、軽快な都会風の家屋が好い。温泉場や避暑地の興味に於ける大部分は、一種のロマンチツクな夢幻的情趣――山巒の奥深く美しい生活の夢を捉へるといふやうな、
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