色のない山である。赤城のやうな洋画的の山でもなければ、妙義のやうな文士画風の山でもない。矢張伊香保そのものの感じと同じく中庸的である。その外、伊香保の附近には一寸した滝とか小山とかがあつて、夫婦づれの浴客などがよく散歩するが、快適な散歩に適した所は極めてすくない。軽井沢附近には、如何にも軽快な、そしてどこか冥想的な、如何にも散歩らしい気分のする道がすくなくない――尤もあの辺では、その目的のために、わざわざ並木を植ゑた遊歩地のようなものができてゐる――伊香保には、ほんとの散歩道といふものはない。ただむやみに歩くだけの道ならあるが、散歩といふ感じを特に持つやうな所は附近にない。(勿論、少し人工的園芸を加へれば、容易にさうした情趣を持たすことができる。谷に沿つた林の中などは、道さへつければ可成の遊歩地ができるし、附近の山道なども、ちよつとした手入れと設備でどうにでもなるから。)之れを全体から言へば、温泉としての伊香保は、すべてに於て箱根に劣るが、他の塩原等にくらべれば、よほど優つてゐるやうである。関東地方の温泉では、先づ「好い温泉」といふ部類に属するものであらう。特に私の知つてゐるだけの範囲
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