く青ざめた顏のうへに
け高くにほふ優美の月をうかべてゐます
月のはづかしい面影
やさしい言葉であなたの死骸に話しかける。
ああ 露しげく
しつとりとぬれた猫柳 夜風のなかに動いてゐます。
ここをさまよひきたりて
うれしい情《なさけ》のかずかずを歌ひつくす
そは人の知らないさびしい情慾 さうして情慾です。
ながれるごとき涙にぬれ
私はくちびるに血潮をぬる
ああ なにといふ戀しさなるぞ
この青ざめた死靈にすがりつきてもてあそぶ
夜風にふかれ
猫柳のかげを暗くさまよふよ そは墓場のやさしい歌ごゑです。


 憂鬱な風景

猫のやうに憂鬱な景色である
さびしい風船はまつすぐに昇つてゆき
りんねる[#「りんねる」に傍点]を着た人物がちらちらと居るではないか。
もうとつくにながい間《あひだ》
だれもこんな波止場を思つてみやしない。
さうして荷揚げ機械のばうぜんとしてゐる海角から
いろいろさまざまな生物意識が消えて行つた。
そのうへ帆船には綿が積まれて
それが沖の方でむくむくと考へこんでゐるではないか。
なんと言ひやうもない
身の毛もよだち ぞつとするやうな思ひ出ばかりだ。
ああ神よ もうとりかへす
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